第1部「味方をつくる」 社員が動かないのは、社員のせいじゃない
「最近の若者は……」と言いたくなったら
シリーズ「経営の足元を立て直す3ステップ」── 第1部「味方をつくる」第1回
創業間もない頃、社員は気の知れた仲間でした。志を同じくし、汗を流して一緒に走る。経営者が「こうしたい」と言えば、すぐに伝わる。
ところが、会社が大きくなり、社員が増えてくると、状況は変わってきます。経営者が期待したほど働かない社員が出てくる。社長は「役に立たない」「使えない」と嘆き、「うちには使える人材がいない」「最近の若いやつは……」と言いたくなる。そして、その不満は、たいてい状況をさらに悪化させます。
ある建設業の社長から、まさにこの相談を受けたことがあります。製造業の後継社長も、似た悩みを抱える方が少なくありません。
さて、本当に社員が悪いのでしょうか?
エージェンシー理論──「人」ではなく「構造」で見る
経済学にエージェンシー理論(情報の経済学)というものがあります。仕事を依頼する側=プリンシパル(依頼者・本人)と、依頼を受けて代わりに動く側=エージェント(代理人)の関係を理論化したものです。
中心メッセージはこうです── 「人が合理的だからこそ、組織の問題は起きる」。
会社組織は、このプリンシパル・エージェント関係の固まりです。株主と経営者、経営者と管理職、管理職と部下── どの階層でも、同じ構造の問題が起こり得ます。今回扱う経営者と社員の関係は、その代表的な一例にすぎません。ここに、構造的な問題が必ず内在すると理解することが、出発点です。
問題は2つの条件で説明されます。
「目的の不一致」── 経営者の目的は「会社の利益最大化」。一方、社員の合理的な目的は、労力を抑えて安定した給与を得ること。これは社員が悪いのではなく、人が合理的に動く以上、構造的に起きることです。
「情報の非対称性」── 経営者は、社員一人ひとりの仕事の中身をすべては把握できません。誰がどれだけ努力しているか、見えない。
この2つが揃うと、モラルハザード── エージェントが依頼者の意図に反する行動を取りやすくなる現象 ──が、理論的に必ず生じます。
規模が大きくなると、なぜ問題が起きるのか
創業期は、社員が経営者の考えに共感していて目的が一致しやすく、経営者の目も届くので情報の非対称性も小さい。だから問題は表面化しない。
会社が大きくなり、社員数が増えるほど、社長と社員のコミュニケーションは減ります。目的の不一致と情報の非対称性が、当然のように広がる。冒頭の「最近の社員は……」の正体は、ここにあります。社員の質が下がったのではなく、構造が変わったのです。
仕組みで解く──モニタリングとインセンティブ
理屈が分かれば、対処の方向も見えてきます。エージェンシー理論が示す解決策は2つ。
モニタリング── 情報の非対称性を埋める仕組み。企業理念と目指す姿の明確化、社内の情報発信、業務報告、中間管理職の整備、仕事の見える化。プリンシパルがエージェントの行動と成果を「見える」ようにする設計です。
インセンティブ── 目的の不一致を埋める仕組み。業績連動の報酬、成果評価、社員の利益と会社の利益を重ね合わせる設計。プリンシパルと同じ目的を達成すれば、エージェントにとっても得になるルールを与える。
万能ではない──仕組みの限界も知っておく
ただし、この2つは万能ではありません。
モニタリングを強くしすぎると、現場の自律性は損なわれ、コストもかさみます。「監視されている」という心理的負荷も、エンゲージメントを下げる方向に働く。
インセンティブも、数字に出ない貢献(管理部門、後輩育成、長期的な研究開発)を見落としがちで、適用しにくい職種があります。業績連動を強めすぎれば、短期業績偏重や数字いじりの副作用も生まれます。
だから、組織設計はテンプレートのコピーでは効きません。自社の事業・規模・社員構成に合わせて、その都度設計することが必要です。それでも、社員を嘆いて精神論を振りかざすより、組織の仕組みで改善を図る方が、はるかに効きます。
まずは4つの問いから
組織の問題に直面したとき、次の4つを問うと整理しやすくなります。
- 誰がプリンシパルで、誰がエージェントなのか?
- 何が「目的の不一致」になっているのか?
- 「情報の非対称性」の原因はどこにあるのか?
- それを埋めるモニタリングとインセンティブの設計は、今あるか?
「うちには使える人材がいない」と感じたとき、まず疑うべきは社員ではなく、自社の組織設計です。